夏の雲雀は かろやかに

        *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
         789女子高生設定をお借りしました。
 


       
−2 (おいおい)



 それが正しい表現になるのかどうか。かつて とある戦域で“白夜叉”という勇名を馳せた凄腕の武将と、その腹心にして部隊を支える“双璧”とまで呼ばれた練達がおりまして。どちらもどういう奇跡でか、そんな身だった…もののふだった頃の記憶もそのままに、同じ世界の同じ時代へと転生し。そういう身の者は、引き寄せ合う何かでも発しているものなのだろか。警察官という、今世のこの国では最も苛酷で複雑な職務に就いていた勘兵衛が。そういや かつても、このくらいの年頃やキャリアでお会いしましたなと、しょっぱそうな、それでいて懐かしそうなお顔で苦笑した、同業者だった征樹との“再会”を果たしたのは、確か5年ほど前ともなりましょか。そんな彼らの周囲には、かつての戦さでやはり寝食を共にした顔触れが二、三、意外な立場や距離にて現れもし。殊に白夜叉の大将殿には、何にも替え難い深い深い信頼の下、互いを支え合う感触の中に 得難い至福をも分け合っただろう大切な連れ合い。周囲も我がこと我が至福として見守った、優しくも暖かな絆を結んだ副官殿の生まれ変わりとの再会も果たされており。戦さ場を風のように駆け抜けては、白夜叉の覇道をその牙で切り開く金の狛…と、何とも勇ましい別名で呼ばれていた槍使いの君は、それはそれは愛らしい少女となって現れたがため。それのどこへと気後れしたやら、こちらの大将、思い出さないならそれもいいさと、何とも臆病な言いようをなさっていたほど。何をそんな腑抜けたことをと発破をかけてやりたかったものの、自分もまた思い出されちゃいない身であり、向こうさんの周囲においでだった、勘兵衛の“戦後の知己”とやらの骨折りを、間接的に見守るしかなかった征樹としては、

  ―― ああ、これでやっと この大将にも人並みの幸せが、と。

 無残な死に別れをした弟や親友、今生ではいまだ再会果たせぬ、そんなお仲間たちの分も合わせて、安堵の吐息をついたのが…昨年の終わり頃のことじゃあなかったか。そしてそして、

 “まさかに、
  こうまでお転婆でじゃじゃ馬なお嬢さんに、転生していようとはねぇ。”

 これもまた、かつてのまんまに正義感…いやさ義侠心が強いだけのことと言ったものか。結構な家柄の家庭へ生まれた身でありながら、きな臭い匂いを嗅ぎつけると、看過し切れず ついつい鼻を突っ込むという、それは困った気性をしている七郎次お嬢様であるらしく。今生でも剣道に親しんでいるほどに、勇ましい方面への勘のいいのを隠し切れていないその上、再会した勘兵衛が警察関係者だってのへどういう把握をしたものか。それは勇ましくも微妙に危険な武勇伝を、この1年のうちにも3つか4つはこさえておいで。そして今も、それらと一緒にしてもいいものか、ややこしい事態の最中から、勘兵衛へと向けてのSOSを寄越してきた彼女であり。

 『サナエ叔母様が捕まりません。ストックホルムじゃないらしいです。』

 携帯もつながらない身内を探しているようにしか読み取れないだろ、それは短い一文だが。前世にての共通の知り人、こちらの彼女はそうではないながら、同じ名前の婦人がいたのを利用しての暗号文。その頃の敵にあたった陣営に、囚われの身となっていたのを救い出しに向かった勘兵衛へ、選りにもよってそこの大将の子を宿し、しかも優しくしてくれた彼を心から愛していると、その身を呈して庇ったらしく。そんな行動をも起こす人の心の綾の不思議に、勘兵衛の侍としての矜持が前例のないほどたじろいだこと。現場にはいなかったが、当人からしみじみ語られた七郎次もまた、印象深く覚えていたようで。今の世で言う“ストックホルム症候群”というものか、結局のところどうとも断じることは出来ぬままだったそれを、こたびは巧妙な鍵として使った七郎次だったようで。そして、

 「………。」

 彼女の不安は的中しており。誰にも知られぬまま、不審な連中からその身を拘束されていた問題の女性を、こちらもまた秘密裏に…多少は非合法な手管も交えての、だからこそ途轍もなく速やかに。どこへ拉致されたかを割り出したものの、

 「いかがしましたか?」

 向こうは六人連れの人質つき。対するこちらはたった二人だが、手の打ちようは幾らでも。職務質問を振り払った一団がいるとの名目で同僚を呼び立て、協力させればこっちの陣営も厚くなるし。他には客の姿がないという状況だから、多少 埃が立つような仕儀へと運んでも、人質さえ無事に確保出来れば上々だろし。相手の気を逸らさせての人質奪還という接近戦は、本来だったら難しい代物だが、こちとら警察なのだから、何となりゃああちこちに無理をきかせての利用も出来る。例えば店の支配人、今現在の責任者に当たるマネージャーに電話して、事情を話してまずは従業員らをさりげなく退避させ…、

 「…この文面をどう思う。」
 「はい?」

 自分の携帯を開いた勘兵衛へ、征樹がついつい怪訝そうな声を返した。そのメール文でもって助けを求めて来た七郎次ではないのか、たったそれだけの短さの中に読み取れた何かから、見事、まだ発覚してはなかった誘拐事件を掘り出して、いま正にその犯人へと詰め寄ってる最中だってのに。そんな…今になってスタート地点へ戻るようなことを指してどうしますかと、思い切り意表を突かれた征樹だったものの、

 「どうって……あ。」
 「どうして、このようなややこしい文面になっておるのか。」

 携帯がつながらないのかはたまた“出られない”のか、いやいやそうとは思えぬ、様子が訝しいと言いたいから。無事そうに振る舞っていてもそうじゃないらしいと、ストックホルムという特別な言い回しをくっつけた七郎次だったのだろうが。

 「そも、もっと率直な文章でもいい筈だろうに。」
 「そうですよね。」

 確証があってのことならば、いっそ電話をかけて来た彼女だろう。忙しい勘兵衛ではあれ、緊急を要することで、しかも警察官だからと頼ってのものならば何の問題もない。本人が動けなくとも、それなりの手は打ってくれる。メールにしたのは、犯罪に巻き込まれた叔母かどうかへの、決定的な確証がなかったからであり。だが、

 「勘兵衛様がストックホルム症候群を知らなかったらどうしたのでしょうね。」
 「言うてくれおったな。」

 あ・そうか、大概はわたしが傍らにおりますから、それを見越したのかなぁ、と。そこまで嘯
(うそぶ)いてから、だが、

 「自主的に居なくなったワケじゃないとか、様子が変だったとか、
  もっと判りやすい書きようは幾らでもあったでしょうにね。」

 そも、携帯がつながらない程度の行方不明じゃあないと、そんな不吉な予測があったから、勘兵衛にも知らせて来たのだろうし。そして、現に怪しい一団に拉致されておいでのサナエ殿と来て。ということはと、逆にこのメールの発信者を辿れば、

 「…まさか、七郎次の側も監視されてる中にいるとか?」
 「さてな。」

 ハッとした征樹に比して、勘兵衛の応じは妙に淡々としており。

 「携帯をいじれるほどには自由も利くらしいし、
  他人を案じることが出来るほどには、まだまだ余裕もあるらしい。」
 「……勘兵衛様。」

 ああそうかと、今やっと気がついた。意に添わぬ拉致などという目に遭っている女性を前にし、だというのに妙にテンションが…気勢が落ちたようになっていた勘兵衛だったのは。一気呵成という行動に出るための、精神集中を前に気を静めていたからじゃああなく。こんな事態を告げて来た少女のほうもまた、そんなことを案じたほど、こやつらの仲間か若しくは敵対者かに、ただならぬ監視をされているのかもしれないと。そこをまで嗅ぎ取っていた勘兵衛だったからで。

 「迂闊だった。
  何でも自分で手掛ける子だ、
  それが助けを求めるほどというのがどれほどの逼迫かを、すぐさま読めぬとは。」

 件のファミレス付近までを乗ってきたセダンの車中。広くて厚みのある背中を埋めたその圧で、運転席の背もたれシートが軋み、きゅうと微かな音立てて鳴った。征樹にはそれが勘兵衛の溜息の代わりのようにも聞こえ、

 「自分では手が出せぬことへか、若しくは…よほどに苦衷にあるか。」

 精悍な面差しが、だが横顔になると不思議と線の細いそれとなる。真夏の陽射しがあふれる車外を背景に、その陰の側を見ているせいか。ますますと沈んだそれ、感慨深い表情を見せた勘兵衛だったようにも見えたものの。誰か人へというより、自身へ言い聞かせてでもいるかのような。呟きに近い声音でそうと口にした壮年殿は、その深みのある同じ声にて、

 「………ま。とか何とか、ここでうだうだと言ってても始まらんのだよな。」

 今度は間違いなく、隣りにいる征樹へそうと言い。ああしまった、案じておりますという、そんなお顔になっていたらしいとのこと、彼に気づかせる暇間も与えずに たたみかける。

 「とっとと片付けて、あのじゃじゃ馬に説教をしに行くぞ。」
 「はい。」

 そのためにと、勘兵衛が出した手筈というのは………、





      ◇◇



 店内カメラの性能がさほどよくなかったため、細部までは見とれず、相手の武装がとんと判らないものの。空ビルだの人目のないところを用意せず、営業中のファミレスを足場にしているほどだから、そうそう大きな騒ぎを起こすつもりはなさそうだとは踏める。ちなみに、今の時間帯のマネージャーは、近所の専門学校に通う古参のバイトで、犯罪歴も問題行動もなし。退屈そうにカウンターに凭れ、ぼんやりしているウエイターたちも、背景は似たり寄ったりで、問題の一団とは完全に無関係な存在らしい。サナエ嬢が師匠のスタジオへ向かったのは、予定にあったことじゃあないが、それでもアシスタントの女性には告げてっており。スタジオの主人が、事務所の電話にも、携帯にも出ないからと案じてのこと。ここにこれだけの頭数がいて、しかも事情が判らないから訪問したらしいサナエをそのまま攫ったということは、スタジオの様相を外へ漏らしたくはないということになる。物騒な話、人死にが出ていては剣呑だが、数日ほど応答がないと聞き込めたスタジオに、だが彼らが潜伏していたということは、そこに居る必要があったから。外部からの連絡には一切出なかったのに、それでも居残る必要があったとすれば、その身を束縛した家人らを睨みを利かせて見張っていたからじゃあなかろうか? 皆殺しをしたのならそんな必要はなかろうに…と、いささかおっかないレベルで物事考える自分は、担当が捜査一課の強行係だからで。殺人や強盗犯のレベルだと、そこまでを最悪の事態として懸念しなくちゃあならない、あのスタジオにしても、匿名の伝言と偽って“様子がおかしい”と通報しておいたので、今頃は押っ取り刀で所轄が駆けつけている筈であり。途轍もない事態だと判明したなら、警察無線にのせて大々的な動きとやらが拾えるはずだが、何の反応もないからには、せいぜい“拘束されておりました”という監禁どまりだったことが推し量れて。

 “この騒動に関わってる面々は、そこまで徹底した悪事は働きたくないらしいな。”

 こちらのサナエさんにしてみても、騒ぐなと言い含められて、従ってるだけ…というところかと。ナイフくらいはちらつかせたかもしれないし、これほどの頭数で取り囲まれちゃあ、荒ごとに馴染みのない女性では、相手の意のままに従ってしまってもしょうがない。凶器はなくとも、家族や知己がどうなっても知らないと囁くという、そんな単純な脅しようもこんな状況下なら効果を博すに違いない。

  あくまでも誰かを楯にし、口を噤ませるというのが常套な連中らしいので

 銃だの牛刀だのという、いかにもな凶器の用意もないと思われる。そうと断じた勘兵衛だったのは、七郎次の送って来たメールからの推察で。携帯電話を使えるほどには自由が利いて、だが、その文面へは一応の用心が要るような情況。その用心というのが、サナエを案じてのものか、七郎次がおかれている状態のためかは不明だが、発信地を追尾した征樹が言うには彼女が通う女学園からだとのことで。休みのはずだが登校していたということか。あの女学園はそのまま地域の教会でもあり、敷地の中には遠来の身の方々も少なくはないというシスターたちの住居もある。なので、夏休みでも大人が何人か常駐しておいでであり。ということは、

  どうやら、計画性のある何かへ巻き込まれているらしいと洞察される。

 強引な押し込み騒動ならば、携帯電話なぞ真っ先に没収されておろうし、サナエがどうのこうのと言ってる場合でもなかろうて。それと同時、よほどの頭数で突入でもしない限り、あの広々した構内を何の騒ぎも起こさず起こさせずに占拠し、沈黙を徹底させるのは困難だろうから。表向き穏便な方法を駆使して女学園へと潜入した何物かが、七郎次も関わらせての何かをしでかしており。そんな相手を怪しんでの通報メール…なんじゃあなかろうかと読んだ勘兵衛で。

 “まあ、ある意味じゃあ巧みではあるな。”

 そういう“何者かを装っての潜入”の方が、それなりの入念な準備こそ要るが、実行に際しては…力づくでの蹂躙よりも よほどのことリスクも少なくての成功率も高かろう。そしてそれを裏付けるように、どこにも怨嗟がないとまでは言えないながら、今のところは計画を重視して動いている彼らであるようで。サナエを連れ出したのは彼女が来たのが突発事だったからだというのなら、そこにも無益な殺傷を手掛けるつもりはないことを匂わせる。命まで取らぬとしても、何なら当て身を食らわせ、その場へ置いて来てもよかっただろうに。手間の増える人質として連れ歩いているということは、

 “それだと通報されてのこと、
  潜入犯の側の正体が露見して、
  事件として発覚するのが早まる恐れがあったからだろうな。”

 だったとして…と、そこまでを組み立てたところで、思索がこんがらがり始めた間合いに、やっとのこと相手が受話器を持ち上げた気配があったので。頬に当てていた携帯のほうへ、意識を集中することにして。

 「あ、いつもお世話になっております。
  ダイニング・メンテナンス(株) の佐伯と申します。
  ………はい、○○は今夏休みなものですから、ワタクシが代理でして。」

 そんな会話の相手先がいる某ファミレスの、店舗の横っ腹を接している大通り。ほとんど全く車の通行がないのをいいことに、路上駐車した車の中から、そんな会話を始めた征樹だと見届けた勘兵衛。先程まではノートPCで確認していた店内の防犯カメラの映像を、どうやってだか携帯の液晶画面でもリアルタイムで観察出来るようにと接続してくれたのを確認し、特に足音を潜めもせず、背条もしゃんと張ったままという堂々とした態度のままで。靴音響かせ入っていったのが…従業員用の勝手口だったりし。次の交替シフトはランチタイムの前後なのか、事務所の方から話し声がするほかは至って静かな中。どこか誰かを窺うでもなくの、やはり堂々と廊下を通り、ロッカールームへ入ってゆくと、縦に細長いスチールの扉が居並ぶ中、適当に取っ手に手をかけバタリと開ける。そしてそして、


  「失礼致します。
   ドリンクバーでアイスコーヒーを指定なさったお客様はおいででしょうか。」

  「……………は?」


 およそただの店員とは思えない貫禄と存在感に満ちた壮年が、それでも店の制服…清潔そうなボーイの白シャツと蝶ネクタイをし、折り目もぴしっと入った漆黒のスラックスを着こなして、銀のトレイ片手にそりゃあ慇懃にも笑顔で近づいて来たものだから。もしかして本部長の抜き打ち視察とか、ああそういうのあるんだってな、聞く聞くと。額を寄せ合いこそこそっと囁き合ってる顔触れが数人いたのの手前側、

 「俺、アイスコーヒーだったけど。」

 一番入り口に近い側のソファーの端に腰掛けていた男性が、半分ほどに減ったグラスを持ち上げる。撫でつけちゃあいないが手入れはしているらしい短めの髪に、ダメージデニムのGパン、色の抜けかけたタンクトップという砕けた恰好であり、他の面子も似たり寄ったりの、バンド仲間か、はたまた居酒屋スタッフつながりか。ただ、すぐ隣りに、彼らとは微妙にカラーの違う女性が、肩をすぼめ、うつむいて座っており。口元をぎゅうと咬みしめたのは、余計な物言いをしたら…と言い含められていたからか。

 “映像で確かめた、同じお人だな。”

 くどいようだが、防犯用監視カメラの画像は粗かったけれど。こちとら何年も前から、しかももっとずっと精度の悪い画像から、犯人のお顔を独自の修正法で見い出しちゃあ、間違いのない一発検挙を積んで来た実績は山ほどある身。なので、七郎次からいつぞや、写メで見せてもらった大好きな叔母様のお顔とやらを、そうそう見間違えるはずもなく。

 「さようでございますか。
  お手間をお取らせ致しますが、アンケートにお応えいただければ幸いで…。」

 皆まで言わせずというタイミング、そういうのは間に合ってるとかどうとか、言い返そうとしかかった男の口から、何らかの声が出るのも待たず、

 「草野サナエ様、でございますね。」

 呼びかけられたのへ“え?”と顔を上げ、こっちを向いたのとほぼ同時、ベテランにも程があろう年嵩なウエイターの腕が、隣りの男の前を通って、彼女の前へと差し伸べられて。

 「てめえ、一体、」
 「何してやがる…っ」

 さすがに呑気に見送る気はないらしい周囲の面々が、そりゃあ素早い反応、一斉に“があっ”と牙を剥いたものの。もう一方の腕が横薙ぎに払われ、掌底が見事に顎へとヒットしたものだから、ほぼ瞬殺で手前の男をシートに沈めており。この野郎っと、テーブル蹴倒す勢いで向かい側から伸び上がって来た別の手合いへは、差し伸べていた手が、やはり瞬発力よく一瞬だけ大外へと払われ、指の付け根の節が鼻の頭へ的確にヒットしていて、

 「があぁっ!」

 思わぬところからの裏拳という攻撃が、しかも重たく当たったことで。痛みとそれから得体の知れないものへの恐怖からだろう、飛び出して来た倍の早さで、思い切り外へとのけ反って逃げていた正直さよ。傍から見れば、丁寧な挨拶のように腰を軽く折りながらのばされた腕があっただけ。それが鞭のように鋭くも、右へ左へと弾んだことなぞ、傍目からはまるで判らなかったそうで。あっと言う間に二人も沈んだその狭間から、今度こそと伸べられた手が、憔悴と茫然とが入り混じったようなお顔をしていた女性の二の腕を取っており。残った顔触れがハッと我に返ったのは、決して何秒もおいてはないほど素早かったものの。腰が抜けたか、自力ではなかなかしっかと立ち上がれなんだ人質の女性を、掴んだ手への力の入れように工夫でもあったのか、腕一本だけにて難無く引き寄せ、その懐ろという安全圏内へと保護したのはあっと言う間のこと。

 「あ、あの…あの、わたし…。」
 「ご安心を。
  何をどう吹き込まれておいでかは存ぜぬが、
  写真館の方は皆さん無事です。それと、」

 やはりテーブルを挟んだ側から立ち上がって来た若いのへ、そちらを見もせずの肘撃ち一閃。見事みぞおちへと食らわせながら、

 「それと、姪御の七ろ」
 「あ、あああっ、そうよそうだわ。あなた、勘兵衛様ね?」

 途中から意識のピントがやっと合ったか。彼女の側からも、そりゃあお元気そうな声が立ち。

 「初めまして、ですな。」
 「ええ、ええ。ですが、シチちゃんからお写真とお噂はかねがね。」

 好きな人が出来たとそりゃあもうもう大騒ぎと、姪御の微笑ましいはしゃぎようを思い出したらしいサナエさんは、勘兵衛が覚えていたあのサナエとはあまり似てない、それは闊達そうなお人であり。ほんのさっきまでの憔悴ぶりはどこへやら、あんな年頃の姪がいるとは思えぬ、若々しい華やいだ声でそうと告げてから……あっと身をすくませたので。その表情の方向から無頼の攻撃の方向を読んでのこと、それはあっさりと…振り下ろされた伸縮警棒の一撃、銀のトレイで受け止めてしまう余裕を見せた勘兵衛で。そこへ、

 「……警部補っ。」

 部外者の勘兵衛を不審者だと指摘せぬよう、マネージャーさんを事務所へ引き留める電話をかけていた征樹が。店内の情勢を見計らいつつ、先んじて呼んでおいた所轄署の皆さんのやっとの到着を、そのまま指揮しつつ突入して来たのを見届けると。

 “さぁて、今頃 七郎次の側はいかがしておるか。”

 前世はそりゃあ頼もしかった金の狛だが、今は嫋やかな“彼女”の君へ。決して安全無事な安泰でもなかっただろうに、あのようなメールを寄越した気丈夫が、今頃どうしているだろかと。来合わせた婦警に人質さんを預けつつ、女学園のある方角の空、眉根を寄せつつ見上げた勘兵衛だったりするのであった。







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